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経営理念
いい会社とは「年輪」自然に学ぶ企業のあるべき姿道を知る社員の幸せのために
企業のあるべき姿
食品原料メーカーが基本として心得なければならないこと。 それは、供給、価格、品質の安定です。この三条件が揃ってはじめて、食品原料の供給者として責任を果たし、信頼を受ける事ができるといえます。
年間を通じて安定的に供給ができなかったり、価格が激しく変動したり、何より利益追求のために品質をおろそかにするようでは、供給メーカーとしての存在価値はないかもしれません。 当社は供給メーカーの責任を果たすために、開発型企業になる事を目指して歩んできました。
「寒天はもう相場商品ではありません… 寒天業界の歴史と当社」
かつて寒天はまだ冬季間の農家の副業として生産されており、天候次第で生産量が激しく増減し、典型的な相場商品でした。 また、寒天の原料となる海藻が公害、海藻採取の担い手の減少などで、国内の海藻価格は上昇し、手に入りにくくなってきていました。 そして、 1973年のオイルショックによる諸物価の高騰に伴い、寒天の相場価格はそれまでの 3倍以上という天井に達したのです。 当然、当社も売り上げが伸び、利益もかなり増えました。 しかし、翌年にはお得意先からしかられ、寒天業界全体が信用を失う事になったのです。
こんな事の繰り返しでは寒天業界に未来はありません。 相場商品としての性格から脱皮させて、節度のある購入姿勢を貫く事が、大切な資源である海藻を守る事になります。 これは当社だけではなく、業界全体のため、産地で働く人々のためになると考えました。 そして良質で、安定的に確保できる海藻を世界中に求めました。 海外から安く仕入れるためではなく、産地を開拓し育てながら仕入れる 「 開発輸入 」 です。
こうして安定化の体制がほぼできあがった 1977年に日本食料新聞につぎのタイトルの広告をだしたのです。
良質な原料を求めて
もともとは国内産の原料で製造されていましたが、 1960年代 〜 70年代にかけて大きな危機が訪れました。 皆さんもご存知かと思われますが、ちょうどこの時期は日本が高度成長を迎えた時期です。 経済は大きく発展しましたが、それと引き換えに多くの問題を引き起こしました。 そう、公害をはじめとする環境汚染です。 その結果日本近海の海は汚れていってしまったのです。 この結果 「 天草 」 や 「 オゴノリ 」 の収穫量の激減と言う結果を引き起こしました。 海藻の多くはきれいな海でないと生息できないのです。
そこで、当社はきれいな海と良質な海藻原料をもとめて世界中の産地を調査し、開拓を始めるにいたったのです。 そして今では、モロッコをはじめとする地中海沿岸部、チリをはじめとする南米、韓国の済州島などのきれいな海で、良質の海藻が収穫できるようになり、様々な物性の寒天が製造できるようになりました。
「 国内産 」 の海藻の収穫量が激減し、また、気候による不作等も影響し、だんだん 「 国内産 」 の海藻だけでは寒天を製造することができなくなりました。 現状、国内産でまかなえるのは、10% もありません。 安定供給を続けていくためにも、良質な 「 海外産 」 の海藻がどうしても必要なのです。
当社が原料を選ぶ基準は、「 国内産 」 か「 海外産 」 かではなく、いかにきれいな海で、良質な海藻かどうかです。 皆さんも日本の海と海外の開発途上国の海とどちらがきれいなのか、考えていただければご理解いただけるのではないでしょうか。
人材の一割を研究開発に
当社では、事業が軌道に乗り始めた 1970年代に、研究室を設け、寒天の原料である海藻や生産技術の本格的な研究にとりかかりました。 その後も、常に全社の 1割の人材が研究開発にあたっています。
1割と言う数字に、特に根拠があるわけではないのですが、当社が研究開発に力を入れているひとつの現われだと思ってください。 こうして、50年以上、研究開発型企業になるべく、寒天を研究し続けてきました。 その結果、新しい寒天 ( 沸騰させなくても溶解する寒天、固まらない寒天など… ) 新しい技術を開発する事ができ、皆様にも認められるようになりました。
また、2008年には、50周年を記念して新しい研究棟、 R & D センターを本社敷地内に建設いたしました。 地上 5階建てのちょっと分不相応な背伸びした建物ですが、これからも研究開発企業を目指すと言う、内外への発信でもあるのです。
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